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2018年7月 6日 22:46
月刊みなみ 33
時間の存在 
存在自体の定義が分野によって異なるが、基本的には変化や流れ、現象を認識するための概念
時間は経過によって確実に認識せざるを得ない経験や出来事を含有する関わりを強制的に示してくるので
時間は存在していないが存在しているメタフィジカル的説得力がとても強いと個人的には感じる
が、その存在自体が近代科学ではもはや無いという立証が次々打ち立てられている。
おもしろいのだ。時間はやはり神や世界と同じで人類が社会を運営する為に生み出した概念にすぎず
実際は時刻というものに囚われたルール上で時間を流させていると僕は思ってきている。
出来事や経験は全て状態の変化という現象であって実は過去というのは断片的な記憶の塊だという
相対性理論により重力と時空の変化や四次元が理論立てられ全ての過去現在未来は同一上の空間であるという。
地球の裏側のブラジルにある存在と日本にある存在は時刻が違うだけで同じ空間・時間(時空)にいるのと同じように
過去現在未来は同じ空間にありそこに時差のような横軸の距離が無限にあるだけで時間はそこには存在しない。
一瞬一瞬がスライスされた静止の断片の連続から成り立っていて過去とは、僕らの経験や記憶、あるいは記録でのみ存在する。
例えば宇宙創世もビッグバーンも自分の誕生も今現在も同一空間で起こっていて位置の違いだけということ。
おもしろ。地球には時間を数えるものがいるから時間の概念が存在という形で感じれるだけで実際は存在しない。
なのかもしれないかもしれない。という具合でまだまだこれはずいぶん検証され続ける科学の超難題であるのは間違いないすね。
時間とはエントロピーと同じくらいこの世の摂理を司っている科学者を悩ませまくるスーパーおもしろい存在?であるんや

毎日は毎日終わってしまうので夜は朝を隠し続ける


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